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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)2112号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三〇万円及びこれに対する平成四年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1(一)の事実は原告本人尋問の結果によつて認められ、同1(二)(三)、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3についての判断

右争いのない事実に《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和一五年生まれの男性であり、学生時代からヨットを趣味とし、その後、各種の国内、国際ヨットレースに出場し、優勝経験も豊富であつたところ、昭和四九年一一月二六日、株式会社シー・ワイ・シーを設立してヨット教室等の経営を始め、現在は、甲野ヨットスクール株式会社という名称で、北九州と愛知県(知多郡美浜町)で営業を行い、原告は、その代表者であり、同スクールの校長である。

2  甲野ヨットスクールは、昭和五二年春頃同スクールへ登校拒否の生徒が入校したのがきつかけで、同様の問題を抱えた児童等が数多く入校するようになり、朝日新聞等の新聞・雑誌記事で全国的に紹介されて有名になつた。昭和五四年以降、同スクールにおいて、数人の生徒の死亡事故や行方不明事件が起きたことから、原告は、右事件について傷害致死などの嫌疑を受け、逮捕・起訴され、検察官から懲役一〇年の求刑を受けたが、平成四年七月二七日、当庁において、懲役三年・執行猶予三年の判決がなされた。右事件は現在控訴審において審理中であるが、原告は、現在保釈され、同スクールの経営を続けている。

三  そこで、本件記事の内容を検討する。本件記事は、前記刑事判決が検察官の求刑に比し不当に軽いものであることに対する批評を主たる目的とするものであるが、判決の日に目にした原告の容貌を「カエル顔のカッパ頭」と表現していることは前記のとおりである。人の身体的特徴ないし性格を動物等に例えて表現することはままあることではあるが、例えの選び方によつては否定的ないし揶揄的表現となりうるものである。本件記事の如く人の容貌を表現するに、カエルやカッパを例えとするは、カエルやカッパから受ける一般的イメージからすると、人の容貌を揶揄的に表現したといわざるを得ない。

さらに、本件記事には、原告の容貌が以前と変わつていないと同様に「頭の中身も少しも変わつていないらしい」との記述があるが、右の文章に続いて「今でも相変わらずヨットスクールを続け、子供たちに『教育』をしているというから驚きだ」との記述があることからすると、「頭の中身が少しも変わつていない」というのは、ヨットスクールにおける厳しい訓練や体罰が子供の『教育』になるとの信念が事件の前後を通じて不変であることを指すものと解される。そしてそのことが「驚きだ」としてかかる信念に対し否定的評価を下しているといえる。

右によれば、「カエル顔のカッパ頭」という記述も揶揄的な表現ではあるが、原告の人格的評価を低下させるものではないし、「頭の中身も変わつていない」との記述も前記の信念が不変であると表現したまでであつて、それ以上原告が非常に程度の低い人間であるとの評価を下し原告の信用を毀損したとまではいえないので、本件記事によつて原告の名誉が棄損されたと認めることはできない。

四  右のとおり本件記事は原告の名誉を棄損するものとはいえないが、名誉感情も、法的保護に値する利益であり、社会通念上許される限度を超える侮辱行為は、人格権の侵害として、慰謝料請求の事由となるというべきであるので、検討するに、本件記事中の「カエル顔とカッパ頭」という記述は、前記のとおり原告の容貌を実在ないしは空想上の動物に例えて揶揄し、名誉感情を傷つけるものと認めることができる。

確かに、《証拠略》によれば、原告は、前記事件の前後を通じて、新聞、雑誌、テレビ等のマスメディアに度々登場していることが認められ、この点一般市民と異なつた一定の社会的立場にあり、一般市民よりも種々の論評を受ける機会が多いことは否めないが、容貌についてまで揶揄的表現を用いることが許されるものとはいえないのであつて、かかる記事を執筆して月刊誌に掲載させ、また、その記事を掲載した月刊誌を頒布することは、社会通念上許される限度を超えるもので、侮辱行為として人格権侵害の不法行為となるものといわなければならない。

したがつて、被告乙山は、右記事の執筆者として、被告会社は右月刊誌の発行会社として、それぞれ原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

五  本件記事の対象及び内容、原告および被告乙山の職業、社会的地位、その他一切の事情を総合考慮すると、右不法行為によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は三〇万円をもつて相当とする(不法行為の日である本件月刊誌の発売日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付することを要する。)。なお、被告らの行為が民法七二三条の名誉毀損にはあたらないことは前記のとおりであるから、これを前提とする原告の謝罪広告を求める請求は理由がない。

六  よつて、原告の請求は、右金三〇万円及びこれに対する本件不法行為の日であることが明らかな平成四年九月二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 植屋伸一 裁判官 酒井良介)

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